キレイ事、理屈論[No.3190]
(長めになっています)
以前、指摘する人について書かせて頂きました。
「夢を諦めるな!頑張れ!」
「みんな頑張っているんだ!みんな我慢しているんだ!」
本人は、相手を応援しているつもりかもしれない。
けれどそれは、キレイ事な理屈論だと思う。
・
・
・
以前も書きましたが、50歳過ぎて未経験で、
プロ野球選手の夢を追い求め続けても厳しい。
それをキレイ事で頑張れといったところで、
実際には、いろいろと解決できないのです。
「理屈論」とは、なにかと言われたとき、
それは「条件を考えていないとき」だと思うのです。
時速何キロで走れば、一時間後に何キロ先に到着する。
それが理屈論。
渋滞や信号待ちの時間、途中トイレに
行きたくなったり、急用の電話で停車したり、
ガス欠でスタンドに寄り道するかもしれない。
たかが一時間運転するだけでも、
ありとあらゆる条件がつくのです。
インターネットの光回線の多くが
100Mbpsや1000Mbpsと言われていますが、
これも理屈論(理論値)なのです。
回線が全く込み合っていない状態で、
他に誰もネットに接続していなければ、
100Mbpsや1000Mbps出るのかもしれません。
けれど、この世の時間を止めるコトが出来ない限り、
それもある意味キレイ事で、実現は出来ない。
「100Mbpsプランであれば、ある程度空いている状態で60~70Mbpsでればいいだろう」
それが、現実を考えた判断だと思うのです。
・
・
・
上記では、車の距離と、
回線速度を例えさせて頂きましたが、
ストレス「我慢する」という意味も、
それに近いものがあると思います。
例えば、ストレスをトイレに置き換えて、
Q「トイレがなかったらどうする?」
A「我慢する!」
もちろん、そうするでしょう。
けれどそれは、
キレイ事の理屈論だとも思えるのです。
では「これ以上我慢が出来ないときはどうする?」
それでも「みんな我慢しているから!」
そういって我慢していたら、
腸内細菌だらけで、最悪死を招くのです。
「トイレがなければ我慢すればいい!」
そんなの、言われなくたって誰でも解っている。
問題なのは、トイレが我慢出来なくなったとき、
どのように切り抜けるのか?
そこを考えられる人間こそが、知恵のある人間で、
ピンチを切り抜けられる人間だと思うのです。
「我慢すればいい!」だけの答えでは、
小学生だってできる。
いつ、どこまで我慢するのか?
我慢できなくなったらどうするのか?
そこまで考えるのが、大人の責任であり、
大人が子どもに知恵を与えるべきだと思います。
今日感じたコト
理屈論。5cmの隙間に5cmの物は入らない。
隙間がないと、入らないのです。
理屈論だけでなく、状況をしっかりと考え、
しっかりと答えられる大人になりたい。
キレイ事、理屈論[No.3190]
今日も最後までありがとうございます。
僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)
最近のコメント