« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

2016年2月の23件の記事

2016年2月29日 (月)

抱負を実行中のなかで[No.3183]

今年は、沢山の抱負があります。

そのなかで、いくつか実行しているもの。

「好きって気持ち。おもしろそうだなを大切にする」

自分が好きな人や物、おもしろそうな道、お店、人。

以前は少し躊躇していたけれど、

今年は、積極的に取り組んでいます。

取り込めている理由は、もうひとつの抱負があるからです。



「小さな恥ずかしい。遠慮を捨てる」

人生という長いスパンでみれば、

一時の恥や遠慮なんて、

大したコトないと感じたからです。

解らないコトがあれば、遠慮せずに店員さんに聞く。

聞き取りにくかったら、

聞こえたフリをするのではなく聞き直す。

遠慮は、謙虚さに見えるかもしれないけれど、

見方を変えると、行動しない怠けだと思うのです。



「なにかひとつ華(インパクト)を持たせる」

まだ、僕が実行できていない抱負。

このブログにしても、僕の服装にしても、

部屋にしても、まだまだ僕は、

印象が薄いと感じているからです。

派手なコトをするという意味ではなく、

「ここの部分だけは!」

なにか、特化した部分を持っていたいのです。

それがなにかは、まだ僕自身が解っていません。

その答えを求める為にも、

・好きって気持ち。おもしろそうだなを大切にし

・小さな恥ずかしい。遠慮を捨て

・どんどん行動していく

そんなふうに、実行しています。



あなたは現在、

どんなふうに抱負を進まれていますか。

今日感じたコト
 もしかすると、ひとつだけの抱負よりも、
 連携技のほうが、行動しやすいのかもしれない。

抱負を実行中のなかで[No.3183]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月28日 (日)

キレイ事ばかり言う人[No.3182]

(日付を調整しています)
(長めになっています)

キレイ事。好きか嫌いかといえば、

僕は、嫌いではありません。

けれど、状態や状況にもよると思います。



「夢を諦めるな!頑張れ!」

確かに、間違ったコトではないです。

けれど、50歳になってまで、

普通の人が、プロ野球選手になれるでしょうか。

いくら諦めなくても、頑張っても限界はある。

プロ野球選手の夢は一旦諦め、

プロ野球実況アナウンサーならば可能かもしれない。

それで少しでも夢に近づけるのなら、

僕は、素晴らしいコトだと思います。



けれど、「諦めちゃダメ!逃げちゃダメ!」

キレイ事ばかりいう人もいますよね。

恐らく、苦労したコトが無い人だと思うのです。

フルマラソンを完走できる体力がある人は、

「なにをやっている!頑張って走れ!」

自分は完走できたからと、他人もできる!

そう、思い込んでいる部分があると思うのです。

けれど、体力は人それぞれ。

体力のない人に、頑張れと応援しているつもりが、

相手にとっては酷な場合もあるのです。

そうなると、もはや応援ではなく、

いじめのようにも感じます。



人間でなくても、

長持ちしてパワーのあるアルカリ乾電池。

容量が少なくパワーが少ないマンガン乾電池。

パワーが少ないマンガン乾電池に、

アルカリ乾電池の性能を求めるほうにも

無理があると思うのです。

アルカリ乾電池を使えば、

コンパクトデジカメは動くかもしれない。

けれど、マンガン乾電池ではデジカメは動かない。

「諦めるな!頑張れ!」

そう言われても、動かないものは動かないのです。



マンガンくんに、アルカリくんの能力を求めるのではなく、

マンガンくんなりの人生があると思う。

「マンガンくん。きみはね。デジカメを動かすコトはできないかもしれないけれど、テレビのリモコンや時計なら動かすコトができるんだよ!そっちの道に進まないかい?」

そんなふうに、大人が子どもに新たな選択(道案内)

をするコトが、本当の教育だと僕は思うのです。

もちろん、子どもだけでなく、

会社のノルマにしても、できない人はできない。

無理に「諦めるな!お前ならできる!」

そうやってプレッシャーを与え続けられ、

ストレスを抱えているのもあると思います。

そして、「みんなができるのに私はできない」

自信を失い、鬱になったりするのではないでしょうか。



学校にしても、会社にしても、

人には、向き不向きがあると思います。

無理に一定方向ばかり向かわせるのは視野も狭くもなる。

あらゆる可能性、方向性を目指してこそ、

夢は大きく膨らみ、

より実現性を増すのではないでしょうか。

今日感じたコト
 「プロになる為にはこの課題をクリアしなければ無理?」
 本当にそうでしょうか。
 確かに、基本は大切です。
 けれど、普通車の運転ができなくて、
 レーシングカーなら運転できるひとがいるのも事実。
 音痴でも歌手な人はいます。
 絵が下手でも見方を変えれば個性あふれる芸術。

 「こうだ!こうあるべきだ!」
 キレイ事ばかりをいう、
 視野の狭い人間にはなりたくないですね。

キレイ事ばかり言う人[No.3182]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月27日 (土)

人生波乗り回転寿司[No.3181]

(長めになっています)

誰しも、タイミングを大切にしていると思う。

いつ、どのタイミングで、どうするべきか?

体調や心のコンディション、お金や時間。

人の力を借りるときもあるでしょう。

けれど、すべての条件が揃うコトなんて、

確率は低いのではないでしょうか。



例えば回転寿司。

「マグロが食べたい!」

思ったときに、すんなり流れてくるでしょうか。

運良く流れてくる場合もあるかもしれませんが、

次に食べたいものが、

またスムーズに流れてくるとも限りません。

「よし!流れてきたぞ!」

待っていたら、

隣の人に取られてしまうかもしれません。

「よし!今度こそお目当ての寿司を取ろう!」

でも、お店には閉店時間や、

シャリやネタの在庫に限りもあります。

厨房で、マグロのネタが無くなったのに

いつまでも流れてくるのを待っていても仕方がない。

じっと待つだけでなく、

「すみません。マグロお願いします!」

注文すれば良い話しですよね。



それに、勢いも必要だと思うのです。

「環境を整えてから模様替えしよう! 工作しよう! 掃除しよう! 料理しよう!」

もちろん、絶好のタイミングで行えば、

より良い結果も得られるかもしれません。

けれど、テンションMAXの常態で、

良いタイミングを待とうとすれば、

行動意欲は次第に失せてしまうんですよね。

あなたも、こういう経験はありませんか?

「お腹が空いたな。あれが食べたい。これが食べたい!」

いろいろと想像はするけれど、

お腹が空きすぎて峠を越えてしまえば、

「もうお腹空いてない。なんでもいいかな」

テンションはだだ下がりになってしまうのです。



より良いタイミングで行うのも大切だと思います。

けれど、それを待っていては、

気力も体力も年々衰えてしまう。

「もういいや」諦めたり、開き直るよりも、

「よし!ここでやってみよう!」

ある程度は、勢いに任せて行動するコトで、

小さな波から、大きな波に乗れるのではないでしょうか。

今日感じたコト
 大きな波だけ待っていても、
 仮にその波がきたときは、
 うまく乗るコトはできないしょう。
 小さな波に乗れないサーファーが、
 いきなり大きな波に乗れるハズがない。

人生波乗り回転寿司[No.3181]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月25日 (木)

身体に影響するものは人生に影響する[No.3180]

(長めになっています)

前回の続きからです。

良い水を得て、禁煙し、

良い食事をし、良い空気(換気)を得る。

誰しもが「そんなコトは当たり前だ!」

口を揃えていうと思います。

けれど、なかなかそれを行いにくいのが、

現代ではないでしょうか。



浄水器の取付や、水を買うのがめんどくさいからと、

水道水をそのまま飲んだり。

「ストレスが溜まる仕事なんだ!」

そういってタバコを吸ったり。

「忙しいからファストフードなんだ!」

健康によろしくないと知っておきながらも、

ついつい、インスタントな食生活。

「朝起きてバタバタ出勤するから換気する暇がない!」

そうやって、部屋の空気が淀んでしまう。

夜仕事から帰宅し、そのまま淀んだ空気で睡眠をとり、

気持ちがよい朝が、迎えられるハズがないと思うのです。

エアコンはカビの宝庫。

換気せずにエアコンだけに頼っていて、

部屋の空気がキレイなわけがありませんよね。

そんな空気を吸えば、肺も血液もキレイにならなければ、

身体や頭の動きだって鈍くなる。

「空気清浄機があるから大丈夫?」

空気中のゴミやホコリは取ってくれるけれど、

空気そのものをキレイにする物ではないのです。

水槽で見かける、ろ過器ってありますよね。

水中のゴミは取り除いてくれても、

腐った水は腐ったままなのです。



学ぶだけが脳を育てるのではなく、

良い空気や良いものを食べ、環境を整えるコトで、

頭も身体も心も、良い常態になると思うのです。

「食のクオリティは人生のクオリティ」

ラジオでも、腸が第二の脳と言われていたほどです。

食の乱れは、心の乱れ。

「千円の食事が贅沢だから、100円のハンバーガー1個だ!」

僕が思うに、それが間違いだと思うのです。

100円のハンバーガー1個で、

集中して仕事ができるでしょうか。

体力が続くでしょうか。

集中できず、仕事も捗らず、

サービス残業するくらいなら、むしろマイナスです。

仕事が遅いと上司に怒られて気を落とし、

ストレス発散に!とやけ酒飲むお金がマイナスです。

偏った食事ばかりして、病院や薬代。

場合によっては会社を欠勤していては、

お金だけでなく、信用としてもマイナスなのです。



食生活が乱れれば、怒りっぽくもなるでしょう。

無関係の人に八つ当たりしたり。

それで人に嫌われグチを言うのは、おかしいと思います。

自分の為だけではなく、周りの人たちの為にも、

食事や換気、身体に影響あるものを大切にしてほしい。

自分を大切に、おもてなしができてこそ、

他人に優しく、おもてなしができるのだと感じます。

今日感じたコト
 本当の意味で贅沢しないのなら、
 食事は大切にしてほしい。
 ハイオク車に、ガソリンが高いからと、
 軽油を入れれば、エンジンが汚れるだけでなく、
 まともに走るコトはできないのです。
 ガソリンをケチった結果、
 車の修理代のほうが高くつきますよね。
 車は修理(部品交換)できても、
 人間の身体は、そう簡単にできないのです。

身体に影響するものは人生に影響する[No.3180]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月23日 (火)

超頭脳を求めて(水/タバコ/食事/換気)[No.3179]

(日付を調整しています)
(長めになっています)

今から8年ほど前、我が家に浄水器を導入しました。

浄水器を導入した理由は、愛犬の為。



トイプードル、タイニープードル。

小型犬を当時飼い始めたのですが、

直ぐにお腹を壊す子たちでした。

水は、直接の水道水よりも、

煮沸させた水をあげていたのですが、

獣医いわく、それはNGとのコト。

水道水の塩素などが抜けて、

逆に腐りやすい水になるから。

とのコトでした。

では、市販の水「アルカリイオン水」などが良いかと言えば、

人間には良くても、愛犬たちにはNGとのコト。

「まだ水道水のままの方が安全ですよ」

獣医にそう言われたのですが、気になっていたので、

わりと高額な浄水器(回帰水)を導入したのです。



ひと月ほどその水を与えていると、生後2年未満の

小さなタイニープードルの下痢が治り。

生後3年ほどのトイプードルの下痢も治りました。

「やっぱり水が原因だったんだ!」

水(浄水器)の偉大さを知った僕の家は、

飲み水はもちろん、味噌汁、ごはん、洗顔まで、

その浄水器の水を使うようになったのです。

それから二ヶ月ほどして、妹に変化が現れました。

両腕に、沢山の斑点が出来始めたのです。

おそらく、体の毒素が出てきたのでしょう。

浄水器の水を使い続け、妹の斑点は消えました。

その次に現れたのが僕です。

同じように両腕に斑点ができ、ひとつきほどで、

キレイに消えてなくなった。

そして母の順番。



この順番は、年齢が若い順に変化が起きたのです。

もっとも毒素の蓄積が少なかったものから、

体質が改善されたのです。

愛犬の下痢が治るだけでなく、爛れていたお尻も治り、

妹、僕、母の乾燥肌なども治りました。

やはり、動物も人間も、

体の殆どが水分というだけあって、

よい水に変えるだけで、こんなにも差が出るんだ!

そう思い、しばらく過ごしていました。



その後、僕はある目標を持ちました。

その目標は、簡単ではない為、

普通の人間にはできないコトだと感じました。

「じゃぁ普通の人間にならなければ?」

そう思った僕は、自分の意志を確かめる為にも、

20年近く吸ってきたタバコをやめるコトにしたのです。

「タバコくらいやめる意志がないと、これから先はやっていけないだろう!」

そう感じたからです。



僕は昔から剛毛で、短髪でも、

ちょっと眠っただけで、直ぐに寝癖がつくほど。

ですので、毎朝出勤前は寝癖との戦いです。(笑)

けれど、タバコをやめてから三ヶ月ほど経った頃、

「おっ!今日は寝癖ついてないじゃん!ラッキー!」

そう思うコトが多くなり、髪をさわると

堅かった毛が、やわらかくなっていたのです!

「なんで? どうして?」と一瞬思いましたが、

禁煙した結果だと感じたのです。

その後、血液検査などで採血をするとき、

ドス黒かった血が、キレイな赤になっていたのです!

プリンタのインクで例えるなら、

「マゼンダ」が「ライトマゼンダ」に変わった!

それくらい変化していたのです。



その後、僕は気がついたのです。

水を変え、タバコをやめて体質改善するのなら、

食事を変えると、変化も大きいのではないだろうか?

元々僕は、カップラーメンや缶コーヒーなど、

そういう食事が多かったんですよね。

目覚めと同時にタバコと缶コーヒー。

朝食はこれで終了。

お昼まで、何度か再びタバコと缶コーヒー。

適度に缶コーヒーの水分と糖分を採っているせいか、

あまりお腹は空かず、お昼はカップラーメン。

そのまま夕方まで、再びタバコと缶コーヒー。

缶コーヒーが好きというよりも、

タバコを吸うと喉が渇くので、その目的でも、

タバコと缶コーヒーはセットでした。

それ故に水腹で、ハンバーガーやカップラーメンなど、

そういう食事ばかりしてきたのです。

「インスタント食品などをやめよう!」

最初は食べたくて苦しかったけれど、

インスタント食品をやめ、タバコをやめ、

缶コーヒーの必要性もなくなったのでやめ、

普通の食事にするようになったのです。

その頃から、風水に凝り出したのもあり、

部屋の換気は、毎朝するようになっていました。



浄水器の水、禁煙、ちゃんとした食事、換気。

半年くらい経った頃だと思います。

発想(考え方)がガラリと変わったのです!

このブログ開設当初は、

「今日は○○を買った」などの日常的なコトでしたが、

食生活を変えた2010年始めから、

気付きや学びが増え、

「みなさまのお役に立てるなら」

ブログ自体も変化して行ったのです。



きっと、多くの人は、

「それくらいで、考え方は変わらないだろうに!」

誰しも、そう思うかもしれません。

けれど、よく考えてみてください。

高級和牛、高級豚肉、高級鶏や卵

食材のエリートたち。

このエリートさんたちは、良い食事と、良い環境で、

良い肉や卵を育てているのです!

そう!肉質に変化が現れるというコトは、

食事や環境で、

脳の肉質(常態)も変わると言うコトです。



だいぶ長くなってしまいましたね。

この続きは、後ほど書かせていただきますね。

今日感じたコト
 学ぶだけが脳を育てるのではない。
 良いものを食べ、良い環境を整える。

超頭脳を求めて(水/タバコ/食事/換気)[No.3179]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月22日 (月)

心の安定[No.3178]

(日付を調整しています)
(長めになっています)

僕は結構、自身にムチを打つタイプ。

「これくらいできなくてどうする? これをやり終えてから○○しよう!」

そういう精神があったからこそ、

20年近く吸ってきたタバコをやめたり(禁煙6年)

15年近く集めてきた物を、

すべて断捨離できたんだと思います。



そもそも、なぜ僕は自身にムチを打ったのか。

それは、小さい頃に、弱いといじめられていたから。

自身にムチを打つコトで、鍛えられている気がする。

強くなっていく気がする。

ある意味、それがハングリー精神となって、

いろんな物事にも挑戦できたんだと思います。

けれど、最近はそのハングリー精神を失った?

ように感じるコトもあるのです。

さすがにこの歳で、いじめられるコトもないので、

精神的に鍛えなくて良い。

そういう意味もありますが、

「下手な空頑張りはしない!」

心の安定のさせかたを知ったのかもしれません。



僕はこれまで、自己啓発を本で学ぶだけでなく、

よさそうなものは、自身でいろいろ実験してきました。

換気をしてキレイな空気を肺に送り込めば、

キレイな血になり、頭も体も動きがよくなる。

掃除やキレイな水場(台所など)で健康を維持すれば、

どんなコトでも挑戦できる!

禁煙、インスタント食品を極力食べないようにしたり。

落ち込みそうになったら、部屋でじっとするのではなく、

夜中でも外を歩きに出かける。

歩けば当然前を向いて進むコトになる。

体があたたまり、血の巡りもよくなれば、

物事を前向きに考えるコトができる。

気がついたコト、思ったコトをブログに書けば、

自身の心と会話するコトにもなり、自身を知り、

問題を客観的に見るコトもでき、解決しやすくなる。



これらは、僕の日常になりつつあり、

自己啓発の為というよりは、当たり前の存在。

以前は、苦痛に感じて行っていた部分はあるけれど、

現在は、まったく苦痛だとは思わない。

そのせいか、ハングリー精神を失った?

そう、悪く感じているのかもしれません。

でも良くいえば、心の安定のさせかたを知った。



心の安定のさせかた。

人それぞれあると思いますが、

ストレス発散とは別だと思うのです。

ある意味では、募った怒りを、

なにかにぶつけるコトによって発散できるならば、

多少は、心は落ち着くのかもしれません。

けどそれは、沸騰してピーピー鳴っているヤカンの

火力を、一時的に弱めているだけだと思うのです。

ちょっと火力を強くすれば、またピーピー鳴って

お湯は煮えたぎってしまう。



僕が思うに、心の安定とは、

一時的になにかに逃げるコトではなく、

「逃げなくても良い状況をつくるコト」

だと思うのです。

雨の日に、傘やカッパを着たからといって、

天気が晴れたコトにはなりませんよね。

極端な表現かもしれませんが、

雨具に逃げているだけ。

多くの人は、てるてる坊主を作ったり。

晴れますように!と願うのでしょうが、

そもそも、「雨の日 = 不幸」だと感じる時点で、

心を不安定にしている原因だと感じるのです。

「恵みの雨! 雨の日ならではの楽しみ方を探してみる!」

それが、心を安定させ、

人生を楽しくいきる考え方ではないでしょうか。

今日感じたコト
 「腹が立つ!イライラする!」
 そう思うからストレスが溜まる。
 そしてストレス発散方法を考え逃げるくらいなら、
 最初から、人生を楽しむ方法を考えたい。

心の安定[No.3178]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月21日 (日)

らくをする? 負担なきようにする![No.3177]

(日付を調整しています)
(長めになっています)

昔からの、日本のなごりなのかもしれません。

汗水流して畑仕事をして、小さな家に住んで、

隣近所、助け合って生きてきました。

それだけに、「らくをするな!」

目くじら立てているように感じます。



それと対照的なのは、アメリカなのかもしれません。

土地が広く、手作業ではなく飛行機で種を蒔き、

一気に収穫して、一気に収入も得る。

広い故に、隣近所と助け合うよりも、

機械による自動化などのアイデアを振り絞り、

普通の収入でも、庭付きプール付きの家が

当たり前になったんだと思います。



もちろん、細かな技術に関しては、

現在の日本は、世界に誇る技術を持っていると思う。

けれど、昔からの日本のなごりなのか、

「らくをするな!」

他人を叩いているように思えるのです。

そして、多くの日本人たちは、勘違いしているように思う。

「らくをする」と「負担がかからないようにする」

ごちゃ混ぜになっているように思えるのです。



極端な話しですが、石器時代などでは、

火を起こすのに、木を擦りあわせた摩擦熱を使い

SOSサインや、調理、暖をとっていました。

火打ち石、マッチ、ライターでも便利なのに、

現代は、ガスコンロ、IHクッキングヒーター、

お湯を沸かすだけなら電気ポットや電気ケトル。

暖めるだけなら電子レンジなどもあります。

「らくをするな!」

そういって人を叩く人は、これらアイテムを使うな!

そんなふうに、言っているように聞こえるときが、

ときどきあるのです。

(もちろんこれは、極端な例えです)



現代は、昔に比べ便利にはなっていますが、

昔のように、流れ作業だけ、仕分けだけ、

宛名書きをするだけ、軽作業だけ。

そういう仕事が減り、複雑化していると思うのです。

単純作業なら機械が自動で行います。

軽作業に、人間の手は求められない時代。

現代は、ひとりの人間に、あれもこれもでき、

多様性を求めていると思うのです。

そんな現代社会で「らくをするな」と言われると、

どこがらくで、どこが努力なのか解らなくなる。

そこで判断を誤り、自身にムチ打って負担をかければ、

精神的に病んでしまう。

「あぁ、どうせ私なんて…」



らくをするコトと、負担がかからないようにする。

しっかりと認識する必要があると感じました。

それに、10年、20年と努力をしてきたのなら、

らくをしても、バチは当たらないとも思うのです。

現代は、能力の高い人材が頭脳労働をし、

体力的に、らくなコトを指しているのかもしれません。

別の言い方をすれば、

頭脳労働が苦手な人材が、肉体労働を選び、

苦労しているのではないでしょうか。



もちろん、個人差や好き嫌いもありますので、

「頭脳労働 = 天才」で「肉体労働 = 能力低い」

そう言っているわけではありません。

僕も、一時的に肉体労働をしたコトがあるので

解るのですが、汗水流して仕事をすれば、

ごはんもおいしく、お風呂も気持ちがいい。

ベッドに横になったときの至福感は、

実に人間らしい生き方で、健康的だとも感じる。

頭脳労働だって、自分が考えたコトや

自身の技術が形(商品)になっていくのは、

自分の子どもを育てるような気持ちで、

必死になって、日夜研究するコトに、

生き甲斐を感じたコトもあります。

肉体・頭脳労働の両方をかねていると思う営業職は、

人に商品を伝え、よいものと認められたとき、

伝わったときの感動や、売れたときの達成感も、

うれしく感じたコトもあります。



どの仕事がらくで、どの仕事が苦労するではなく、

いかに自身が楽しんで仕事を行うか。

それが、努力だと感じています。

一時間で終わる作業を、わざわざ五時間かける意味は、

現代には、あまり必要ではないと思うのです。

もちろん、電気が使えない緊急時などの、

備えとして知識は必要だと思いますが、

それを他人に、無理に強制する必要はないと思います。

停電になったとき、ローソクの灯し方を知らなくても、

現代は、ケータイやスマホなどのライト、

代わりになるものがいくらでもあるのです。

無理に努力をして、ローソクの使い方を

覚える必要性はあるのでしょうか。

今日感じたコト
 らくをすると言う意味ではなく、
 無駄な努力はしたくない。
 人生は限られている。
 賢く楽しんで生きてゆきたい。

らくをする?負担なきようにする![No.3177]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月20日 (土)

想いやりを伝える[No.3176]

(日付を調整しています)
(長めになっています)

伝える。

ひとコトで言っても、いろんな目的がある。

・説教したい人
 他人を指摘や見下して、有意義に感じたい人
 (価値観の押しつけ)

・自慢したい人
 私はあなたより勝っている。
 上の説教と同じく、見下して有意義に感じたい人
 (価値観の自慢)

・教えたい人
 こうした方が、幸せになれるんじゃないかな?
 この前、こんな楽しいコトがあったよ。
 みんなで幸せを共有したい人
 (価値観の共有)

他にもあると思いますが、

いま僕が思いついたコトを書いてみました。



人間は、ひとりでは生きていけない以上、

なにかしら、誰かに伝えなければならない。

「すみません。あの商品をください。これをおねがいします。どんなふうに操作するのですか? 道をおたずねします…」

最初に口を開けば、相手は行動してくれるかもしれない。

でも、多くの人は、

その後の言葉を忘れているように感じる。

自分「○○定食ください」
店員「おまたせしました」

一見、なにも問題がない日常会話に見えるけれど、

店員さんに持ってきてもらって「ありがとう」

この言葉を聞くコトは、非常に少ないです。

「私はお金を払っている客だから、持ってきてもらって当然だ!」

そういうオーラを感じるのです。

では、もし店員さんが、

「直接私のお金になるわけじゃないし、テキトーに作って持って行ってもいいや。作るのメンドーだし持って行かないでおこう」

そう思われてしまったら、

あなたがお金を払うと言ったとしても、

商品は目の前に出されないのです。

ですので、僕はこう伝えます。

忙しそうな状況の店内であれば、

僕「すみません。いま良いですか? これとこれをお願いします」



すると、

「このお客さんは、気遣ってくれているんだな」

そういう想いが店員さんに伝わると、

例え忙しくても、丁寧に作ってくれて、

丁寧に持ってきてくれるのが多いんですよね。

そんな、丁寧な仕事をしてくれた店員さんに、

僕は「ありがとう!」と伝えます。

店員さんは「真心込めたのが伝わったかな?」

そう感じ、笑顔を返してくれるのです。



昨晩も、飲食店で感じたのですが、

僕が食事をしているときに、他のお客さんが、

小さな声で「すみません」と店員さんを呼ぶ。

忙しい状況で、厨房が物音で騒がしいなか、

そう簡単に聞こえるわけがありません。

お客さんは再び怒った口調で、

「すみません!!」と怒鳴り出す。

機嫌悪そうに出てきた店員さんがオーダーを取り、

機嫌悪く作られて、

おいしい料理が食べられるでしょうか。

「なんだあの店!無愛想だしマズイし…」

そうやって、不幸のサイクルを招いているのは、

自身だと思うのです。



お金を支払うのだから、良い対応をされて当然!

ではなく、こちらが良い対応を示す(伝える)コトで、

相手からも、良い対応が返ってくるコトを、

頭の隅にもで、覚えていただけたら幸いです。

人は鏡。

今日感じたコト
 あなたが、店員さんの立場だったらどうでしょう。
 自分視点だけでなく、相手視点で考えると、
 物事もうまく進むんじゃないかな。

想いやりを伝える[No.3176]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月19日 (金)

結果はひとつの手段ではない[No.3175]

最近、自分のコトだけでなく、

いろんな人のコトも考えています。

大げさかもしれないけれど、

人の倍考えているだけに、時間も倍早く進んでいる。

そんなふうに感じています。



もちろん、考えたからといって、

直ぐに答えが出てくるものでもありません。

「こうしたらいいんじゃないかな? ああしたらいいんじゃないかな?」

考えるだけでなく、実際に行動してみないコトには

わからないコトもたくさんある。

10年前に経験した結果(知識)が、

現在も同じとは限らない。

昔成功しても、現代では失敗し、

昔失敗したことは、現代では成功するかもしれない。

可能性。

「これはこうだ!こうだった!」

経験を語るコト、無駄な時間を過ごさない為にも、

必要なコトだと思います。

けれど、結果が良かったにしろ、悪かったにしろ、

「ひとつの結果 = ひとつの手段」

ではなく、

「あらゆる手段のなかから、ひとつを選択した結果 = 失敗や成功した」

だと思うのです。



過去がこうだったから、経験したから。

そんな固定概念で可能性や視野を狭くするのではなく、

新たな手段や発想(視点)で取り組めば、

結果もまた、変化が出てくると思うのです。

もちろんそれは、今までよりも酷い結果かもしれないし、

最高に良い結果なのかもしれない。



変化を恐れ、平凡に生きるのもひとつの人生だけど、

得するとか損するではなく、

変化を学び楽しめてこそ、人生だと思うのです。

つらくても良いじゃない。苦労しても良いじゃない。

後で、笑い話にできるほど幸せになれば、

それも、人生を楽しむスパイスだと感じます。

今日感じたコト
 たったひとつの過去の嫌な経験で、
 沢山の手段(可能性)を失いたくない。

結果はひとつの手段ではない[No.3175]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月17日 (水)

注意深く[No.3174]

(日付を調整しています)

考え事をしながら、ベッドに横たわったとき、

僕は、ずっと天井を見ていた。

真っ白な壁紙の天井で、

一面なにも無いように思っていたけれど、

エアコンコンセントの「200V用」と書かれた

赤い文字が見えた。

書かれていたコトは知っていたけれど、

「へぇ、ベッドの上(この視点)から見えていたんだ!」

いままで、

何度もこの視点から天井を見上げていたのに、

なぜ気がつかなかったんだろう?

そう感じながら、天井を見ていた視線を、

少し窓側にそらすと、今度は窓枠の上に、

製造番号シールが張られているのに気がついた。

「こんなところにシールが貼られていたんだ!」

ベッドの上から、いままで何度も天井は見ていたハズ。

なのに、どうして今まで気がつかなかったのだろう?



今回の気付き、僕が目にしたものは

大したコトではないけれど、

これがもし!

人生を大きく左右するコトだとしたらどうだろう。

「うまく進めない!うまく進めない!」

エンジンの調子を調べたり、アクセルを踏み込んでも、

サイドブレーキを引いた常態では、うまくは走れない。

表面的な原因を追求するのも大切だけど、

他に見落としはないか? 物事だけを疑るのではなく、

自身の目線を疑るコトも、必要だと感じます。

今日感じたコト
 視界に入ってくる、
 表面的な情報だけがすべてではなく、
 いかにその情報のなかから、
 多くの気付きを得れるか。
 これも、大切だと感じています。

注意深く[No.3174]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月16日 (火)

大切なものは目には見えない[No.3173]

(日付を調整しています)

あくまで、僕の考え方にすぎませんが、

大切なものは目には見えないと、言い切りたい。



私たちに、絶対的に必要な酸素は目には見えない。

いま、この瞬間を生きている時間も目には見えない。

こうして、僕のブログを読んでくださっている方の

眼から文字という情報が脳に伝わり、

脳がそれを判断し、処理しているなんて、

目には見えない。

普段、意識せずに生活しているけれど、

心臓がどんな鼓動を打ち、どんな風に血液が流れ、

食べ物を消化し、栄養を吸収しているかだなんて、

目には見えない。



僕は小さい頃、こういう経験があります。

自分は、このミニカー(おもちゃ)を持っているのに、

友だちが持っている、それが欲しくなる。

うまく例えられないけれど、

普段、自分が身につけている服やメガネなど、

自身で身につけているだけに、見えないんですよね。

だから、他人が身につけている物がほしくなる。



部屋の窓を開け、遠くを見れば、

自身の身の回りは見えなくなる。

自分の部屋は、いまどういう常態で、

なにが不要で、なにが必要か。

遠くを見ているばかりじゃ、解決はしません。

なにかと、ストレス社会だと言われている現代。

ときに、遠くを見たくなるコトもあると思います。

けれど、いつも遠くばかりじゃ始まらない。

今、身の回りでしなければならないコト、

少しずつでもそれを行い、

身も心も軽くすれば、いつだって、

遠くへ行けるようになるんじゃないかな。

今日感じたコト
 荷が重い常態。
 そんな常態では、登山も時間がかかってしまう。
 頂上ばかり見つめるコトに時間を使うのではなく、
 頂上へ行くための手段を考えたり、行動したい。

大切なものは目には見えない[No.3173]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月15日 (月)

意思の疎通[No.3172]

僕は以前、パソコンの講師をしていました。

生徒さん全員に、理解してもらう授業にしようと、

小道具を使ったり、少しお芝居を入れた授業にしたり、

毎晩のように、段取りを考える日もありました。

けれど、価値観や捉え方は、生徒さん全員が違う。

パソコンを、車に例えて伝わる生徒さんもいれば、

車に興味がないからと、解らない生徒さんもいる。

台所に例えて説明すれば、台所に立ったコトがない

お父さん世代には伝わらない。

そんな、悪戦苦闘した結果、

僕は、全員に伝えるコトを目標にするのではなく、

いかに多くの生徒さんに伝えるか。

机の上(メモリ)、机の引き出し(ハードディスク)

みんなが使ったであろうもので、

例える授業にしていました。



現在は、パソコン講師ではなく、別の仕事ですが、

このブログも、できるだけ多くの人に伝わるように、

わかりやすく、身近にあるもので例えようと、

日々、勉強させていただいています。

「100人中、100人がそれぞれの価値観を持っていて、捉え方が違う」

だから、70人に伝わればそれでいい。

そんな考え方でした。



けれど、伝えるコトができなかった30人。

ある程度は、仕方がないと思うのですが、

この30人のなかに、大切な人。

家族、友人、恋人が含まれていたらどうでしょう。

僕は、こちらの方を優先したいです。

なぜならば、身近な人に理解してもらってこそ、

遠くの人にも伝わると考えているからです。

そして、いくら世間に伝えても、

身近に理解してくれる人がいなければ、

人は、生きていけないと思うからです。



もちろん、この考え方自体も、僕の価値観です。

けれど、身近な人たちを大切にできてこそ、

多くの人を大切にできるんじゃないかな。

そう、感じています。

今日感じたコト
 理解してくれなかった相手が悪いのではなく、
 伝える側にも責任はある。
 伝える工夫。大切にしたい。

意思の疎通[No.3172]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月14日 (日)

ご恩[No.3171]

恩着せがましい。

耳にしたり、感じるコトはあると思います。

「○○してあげただろ!」

恩を着せる人も世間にはいるけれど、

では、相手から頼まれたのか? と問えば、

ほとんどの場合は、そうではないように思う。

「○○してあげた!」

ではなく、

「○○したかった!」



極端な例えかもしれませんが、

お腹が空いたからと、

お弁当屋さんで、ご飯を買ったとします。

自分が買いたくて、お弁当を買ったんですよね。

それを後になって、

「このまえ、お弁当を買ってやっただろ!」

恩を着せられても、

「買って!買って!とお願いしたりしていないよ?」

そう相手に言われてしまえば、

恩は着せられないと思うのです。



もちろん、しつこくお願いされて、

仕方なしに動いたのであれば、

自分が我慢したコトになりますので、

少しくらいの見返りは、求めてよいように感じます。

けれど、自分が好きで動いた分には、

相手に見返りを求めてはならないと思うのです。

後になって「○○してやっただろう!」

見返りを求めるくらいなら、

最初から行わないべきだと思います。



自身が行いたくないコトを無理してやって、

見返りを求めるくらいなら。

最初からやらない方が賢明だと感じます。

もちろん、仕事の場合は別ですよ。

仕事は、ある程度は我慢するコトによって、

その報酬をいただく仕組みだと思うからです。

今日感じたコト
 「○○してあげた!」ではなく、
 自分がそうしたかったんじゃないかな。
 それで恩を着せるのは、厚かましいと思う。

 恩は売るものではなく、
 感謝されるものだと感じます。

ご恩[No.3171]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月13日 (土)

雲の上(掴みどころ)[No.3170]

自身のコトを「もっと、しっかりとしなくっちゃ!」

誰しも、感じたコトはあると思います。

けれど、どうしようもないときってありますよね。



ふわふわとした雲の上で、立ち上がろうとはするけれど、

どこかに掴むところがなければ、

簡単に立ち上がるコトはできない。

足の不自由な人は、

手すりに掴まって階段を上ったりするけれど、

その手すりがなかったら、壁に手をついて上る。

でも、雲の上は、手すりも壁もありません。

赤ちゃんが最初に立ち上がるときも、

ベッドの脇に掴まったり、歩行器を使ったり。

なにか、支えになるものが必要なんですよね。



僕の憶測も入ってしまいますが、

「人」という字が支え合っているのは、

助け合って生きていくという意味だけではなく、

支え合わないと、生きていけない生き物だから、

そのような字になったのかもしれません。



もちろん、人間は物理的にひとりでは生きられません。

全てをひとりで自給自足なんてしていたら、

時間はいくらあっても足りないだろうし、

エネルギーの消耗も激しく、ストレスも溜まる。

きっと、長生きはできないと思うのです。

長生きする秘訣は、笑うコトだと言われていますが、

笑い楽しみ、クヨクヨしないコトだと思います。

さてと、立ち上がろうとしたとき、掴みどころがないのなら、

突然現れるのをいつまでも待つのではなく、

あたりを探したり、自ら杖を作り出すコトによって、

立ち上がるコトができ、次のステージへと、

行けるのではないでしょうか。

今日感じたコト
 掴みどころがないとなげくのではなく、
 探したり、自身で作ってみるのはどうでしょうか。

雲の上(掴みどころ)[No.3170]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月12日 (金)

嫌な思い出を引きずらない[No.3169]

根に持つ人っていますよね。

代表するならば、

衛生発射と言い張ったりする某国です。

その国を、外部からの目線で見て、

幸せそうな国だとは、誰も思わないでしょう。

国民が豊かに潤う為に、お金を使うのではなく、

軍事目的にお金を使う。



某国のコトは置いといて、

昔のコトをいつまでも引っ張る人は、

幸せに生きようとしていないと思うのです。

なぜならば!「幸せに生きたい!生きよう!」

そう思う人たちは「どうすれば幸せになれるのか? 楽しいのか?」

常に、頭を働かせ、前向きに考えているからです。

言い換えるなら、昔の頃をいつまでも引っ張る時間がない。



一日は24時間。みな平等に与えられています。

その時間を、昔のコトに根を持ちイライラ過ごすか。

どうすれば幸せになれるかを考えるか。

それだけの違いだと思うのです。

後者は明るい未来を作る生産的な考え方ですが、

前者の方は怒りが増し、なにも生まないと思うのです。



もちろん、小さい頃にできてしまった傷口は、

非常に痛く、つらい思いをしたかもしれません。

トラウマになった人もいるかもしれません。

けれど、昔を思い返して嫌な気持ちになっても、

現在、未来の私たちは、幸せにはなれないのです。



もちろん、なにを考えるかは個人の自由ですが、

昔の嫌なコトを思いだし、イライラした態度で、

仕事に挑んで接客したとしても、お客さんや

上司からも、良い評価は得られないと思います。

その嫌いな相手の為に、怒りを静めるのではなく、

自身の為に、怒りを静める必要があると思います。

しかめっつらで、怖い顔した人に、

誰が好き好んで友達になりたがるでしょうか。

友達を減らさない為(自分の為)にも、

嫌な思い出は、引きずらない方が良いと思います。

今日感じたコト
 昔の嫌なコトを考えてイライラする時間より、
 未来のコトを考えワクワクして過ごしたい。

嫌な思い出を引きずらない[No.3169]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月11日 (木)

私だけが不幸な人?[No.3168]

ときに、不幸アピールをしてくる人っていますよね。

「朝目覚ましが鳴らなくて。お金を落としちゃってさ。遅刻しちゃって。不良品をつかまされて…」

私はついていない!不幸に生まれたんだ。

本当にその人がついていないのでしょうか。



僕が思うに、身の回りの人たちと平等だと感じます。

「いつも不良品ばかりつかまされる!」

そう怒るひと。

もちろん僕も、ときに不良品にあたるコトもあります。

でも、僕のいう不良品とは、商品の中身の問題であって、

マニアのように、箱潰れとか、

製造過程でできたであろう細かいキズにまで、

文句を言ったりはしません。

よっぽどの大きなキズや、動作しない場合は、

販売店やメーカに連絡して不良交換してもらいますが、

それ以外のコトは、考えないようにしています。

「自分はついていない、ハズレばかり引く」

ではなく、僕が思うに、

細かいコトを気にしすぎていると思うのです。



「訳あり品」ってありますよね。

箱がつぶれた商品を安く売るコトもありますが、

メーカによっては、箱は商品ではないので、

中身が無事であれば良品だという場合もあります。

どの部分にクレームをつけるかは、

人それぞれだと思いますが、ある人だけが、

特別ついていないわけではないと思うのです。



もちろん、例外もあります。

本来の相場が千円するものを、100均で買い物をし、

「直ぐに壊れた!」と文句を言うのも、

変な話しだと思うのです。

少し話しは脱線しますが、以前100均で、

女子高生だと思われる二人組の会話が聞こえてきました。

「この店さ~ぁ。ろくな商品置いてないよね」

お店の文句を言っていたのです。

100円ショップに、一体なにを求めていたのでしょうね。

ブランド物や、高価なものがあるわけがありません。(笑)



安いものは安いなりで、文句をつけてはいけない。

そんなに文句があるならば、安いのを買わなければいい。

もちろん、安くて良いものがあるに越したことはないですが、

なかなか見つけるのは困難です。

なにを求め、なにを妥協するか。

そのバランスを考えてこそ、

幸・不幸のバランスも変わるのではないでしょうか。

今日感じたコト
 ついていない。そう思った瞬間から不幸になる。
 自ら足を引っ張り不幸にするよりも、
 「ドンマイ!」と自分を励ましている人に、
 幸運の女神が舞い降りてくるのではないでしょうか。

 なんども書かせていただいていますが、
 「不幸の主人公を演じてもギャラは出ない」

私だけが不幸な人?[No.3168]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月 9日 (火)

嘘をつけない人[No.3167]

(日付を調整しています)

半分? 全部? 割合の個人差はあると思いますが、

自身のコトを「私バカだから嘘がつけなくて」

いちどくらいは、口にしたコトがあると思います。

私はバカだから、嘘を考えるのが下手。

嘘の芝居をするのが下手。

そういう意味で、

自身のコトをバカだと言っているのでしょうが、

では、天才の方が良いのでしょうか?



嘘を考えるのが上手で、嘘の芝居も上手。

まるで、芝居じみたオレオレ詐欺ではないですか!(笑)

もちろん、状況などを一切考えずに、

正直に答え、失礼になる場合のコトを

「バカ正直」なんていいますが、

それとこれとは、違うと感じています。

状況を考えずに発言するコトは、

好ましくないかもしれませんが、

頭がよいからと、嘘の発言や嘘の芝居をするコトに、

誰が喜び、誰が満足するのでしょう。

いちばんは、その騙す本人ですよね。

「騙してお金を得る。騙して高いものを売りつける」



なかには、頭脳派詐欺集団のコトを

「頭が良い!」なんていう人もいますが、

僕はそれこそ「頭が悪い!」と思うのです。

最近は、悪さを考える頭脳派グループと、

実行グループと、役割分担しているようですが、

本当に頭が良い人は、直ぐにバレるコトを知っていて、

人を騙さなくても、稼ぐ方法を知っています。

僕から言わせれば、バカだからこそ嘘を考え騙し、

お金を得たりしようとしているのではないでしょうか。



嘘や言い訳を考えるコト。

人に迷惑をかける嘘の芝居。

これらができるのは、後先のコトを考えてない、

バカのするコトだと思っています。

言い換えるなら、それらができない人ほど、

頭が良いのではないでしょうか。

今日感じたコト
 嘘や言い訳を考え騙す人を、
 僕は天才だとは感じない。
 もちろん、言葉の綾は別ですよ。

嘘をつけない人[No.3167]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月 8日 (月)

プラス思考・マイナス思考? いいえどちらも?[No.3166]

世間一般的には、プラス思考でいよう!

あらゆる自己啓発本などが出版されています。

でもなかには、プラス思考をやめよう!

という本も存在します。

ここで、勘違いしてはならないのは、

「マイナス思考でいよう!」

ではないコトだと思います。



現金一万円落としたけれど、

財布まで落とさなくて良かった!

免許証、キャッシュカード、クレジットカードなど、

盗難届けや再発行手続きを考えると、

そこまで大きな被害ではないように感じます。

けれど、人によって、

この一万円が貴重な一万円であれば、

ポジティブに考えづらいと思うのです。

「お小遣い2万円しかない内の1万円も落としてしまった…」

それを無理矢理、良かったと考えるのは難しいですよね。

僕が提案したいのは、それ以上、

落としたコトをどうこう考えないコトです。



冷静に考えれば解ると思うのですが、

後悔しても、悔やんでも、ポジティブに考えても、

ネガティブに考えても、落とした一万円は戻ってきません。

ポジティブに考えられる人は、

そのまま忘れるコトができるでしょうが、

ネガティブに考えてしまう人は、

「落とした一万円が~」

いつまでも考えなければなりません。

考える時間もエネルギーも無駄で、

良い気分にならなければ、なんのプラスにもならない。

でも、無理にポジティブに考えようとすると、

その反動が必ずきます。

「財布落とさなくて良かったという人は、そもそもお給料が良い人だ!クレジットカードやキャッシュカードが沢山はいった人だ!」

ますます、ネガティブになってしまいます。

だったら、最初からネガティブもポジティブも考えずに、

さらりと流してしまうのはどうでしょう。



例えが悪いかもしれませんが、

海が汚れないように、

オイルフェンスというものがあります。

海に浮かんだ油をまとめて囲むのです。

油が海全体に広がらないというメリットはありますが、

逆に、オイルフェンスで囲んだところは油だらけです。

それを、何日も何年もそのまま放置したらどうなるか。

オイルフェンスで囲った範囲だけでなく、

その周囲の水が腐ってしまうと思うのです。

かといって、オイルフェンスを外すわけにもいかない。

では、囲い込んで腐らせるのではなく、

キレイに処理、吸って捨ててしまえばよいと思うのです。

つまり、一万円落としたという嫌なコトを捨てる(忘れる)



生きていれば、誰だって嫌なコトはあります。

その嫌な思いをずっと引きずり、人生をダメにするか。

忘れて、人生を楽しく過ごすがいいか。

もちろんそれは、あなた次第ですよ。

今日感じたコト
 無理にプラス思考に考えるより、
 マイナスな出来事そのものを忘れる。

プラス思考・マイナス思考? いいえどちらも?[No.3166]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月 6日 (土)

少数精鋭[No.3165]

(長めになっています)

昔に比べ、いろんなものが安くなったと思う。

生活雑貨や文具、家電に衣類も、

低賃金の国外生産で、求めやすくなりました。

スーパーのお総菜、お弁当にしても、

和洋中にイタリアン、インド料理なんかも、

手軽に手に入るようになりました。

手を伸ばせば、直ぐに手に入る。



そのせいか、過剰接種も目にします。

昔は、栄養をとろうと必死だったけれど、

現代は、栄養のとりすぎで、ダイエットや運動、

接種したものを捨てるのに必死。

物に関しても、やっとビデオデッキが手に入った!

やっと車やエアコンを手にした!

ではなく、現代人の殆どは既に手にしている。

あれも便利そうだ!これも便利そうだ!

この服安かったのよ!まとめ買いでお得だったのよ!

物が増え、周りからはゴミ屋敷といわれたりし、

物のダイエット、断捨離が流行ったんだと思います。



ここ数年、僕が気をつけているコトですが、

「安いからでは買い物をしない!」

例えば、デパートや衣類店にて、

ワゴンセールがありますよね。

「自分が気に入った物が安くあった!」

それなら、僕も買うコトはありますが、

「一万円するのが千円なんだ!買わないと損!」

こんな感じで買い物をする人は、

結局その服を着ずにカビを生やして捨てるなら、

得するどころか、千円無駄にするコトになります。

スーパーのイタリアン惣菜にしても、

その味が好きなら良いかもしれないけれど、

「安かったから。手軽だったから」

では、心は満たされないと思うのです。

好きな人と、見た目が似た人とは違いますよね。



言い方は悪いかもしれませんが、

そんな中途半端なものを沢山あつめるよりも、

気に入ったもの、優れたものを少し持つコトで、

得られるものは大きいと感じるのです。

100均の財布を1000個持っていても、

僕はうれしくありません。

良い財布を、ひとつだけ持ちたいです。

友達や仲間も数ではなく、

深く分かち合える仲を、大切にしたいです。

今日感じたコト
 数で補おうとするのは昔のコトだと思います。
 便利になった現代は、質のよいものを少し持つコトで、
 身軽になり、機敏に動けるのではないでしょうか。

少数精鋭[No.3165]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月 5日 (金)

仲間を想いやる[No.3164]

(日付を調整しています)

あくまで、僕が感じた範囲にすぎませんが、

「友達を作りたい!仲間を増やしたい!」

そう思っている人に限って、

人の悪口を言っているように感じます。

あちらでは、

「ねぇねぇちょっと聞いて!Aさんがね…」

こちらでは、

「ねぇ知ってる?Bさんったらね…」



仲間と共通の話題をする為に、

お互いが知っている人の話しをするコトは

あるかと思いますが、そこで悪口をいうのは、

逆効果だと思うのです。

幸い、僕の身近にはそんな人は居ませんが、

Aさんに向かって、Bさんの悪口を話している人は、

逆にBさんとは、Aさんの悪口を言っているようにも感じます。

「あぁ、この人は陰口をいう人なんだ。もしかしたら自分も同じように言われているのかもしれない」

そんな人とは、縁を持たないように僕はしています。



幼い頃の僕は、転校が多かったので、

あまり、付き合いがながい友達がいませんでした。

でも、パソコン通信や、インターネットで仲間を増やし、

一時は、少なく見積もっても80人くらいはネットに

直接会ったコトがある知り合いがいましたが、

顔見知り程度の人とつきあうのに、

大切な親友との交友する時間を削らなければならない!

そんな矛盾を感じましたので、

僕は、敢えて自分からは友達を作らないようにしたのです。

「友達や仲間は数ではない! 質なんだ!」



そうなれば、当然つきあう友達や仲間は、

本当に大切な人たちになりました。

大切な仲間だから、大切に扱う。

そんな姿が、他の人にも目に入るんだと思います。

すると、自然とよい仲間があつまって来るんですよね。

当然だとは思いますが、自分が仲間を大切にする人は、

仲間を大切に思う人たちと交友を深めたくなる。



「友達や仲間を増やそう!」

そういう努力も大切だとは思いますが、

「いまいる仲間を大切にしよう!」

そちらの方が、もっと大切のように感じます。

新しいものを求めるのもいいけれど、

いまあるものを大切にできてこそ、

新しいものも、大切にできるんだと感じます。

今日感じたコト
 自身が大切にされたいと思うのなら、
 相手を大切にするコトだと思います。

仲間を想いやる[No.3164]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月 4日 (木)

喋り方(声)[No.3163]

(日付を調整しています)
(長めになっています)

ラジオを聞いていて、思わず消したくなるときがあります。

喋り方が、どうも気になってしまうのです。

なんといいますか、聞いていて不快なのです。

もちろん、人によって、声質やトーンの好み。

相性みたいなものがあるとは思いますが、

そういう次元では、ないように感じたのです。

例えて言うならば、北朝鮮の人の喋り方。

相手を突き返すような、怒ったような言い方。

小さな声から、ゆるやかに話すのではなく、

「わっ!」と人を脅かすような声で、

早口で、怒ったような剣幕で喋る人。



もちろん、ラジオという限られた放送枠のなかで、

いかに喋るかも大切かもしれませんが、

その割には、間が多かったので、

その人の喋り方の特徴だと感じました。

もしかすると、早口で喋る人は、

つぎつぎに伝えたいコトが頭に浮かんで、

間に合っていないのかもしれません。

大声で喋ってしまう人は、

身の回りに耳の不自由な人や、

大声を出さなければならない、職種の人なのかもしれません。

けれど、怒った口調で言わなくても良いと思うんですよね。



喋り方を、文章で表すのは難しいのですが、

例えば、申し訳ない気持ちのときの

「すみません」という喋り方と、

いまから怒鳴ってクレームを言うぞ!と、

誰もいないお店に訪れたときにいう「すみません」

同じ言葉でも、後者の方が

怒った感情が入っていると思うのです。

そもそも、クレームを伝えるのに、

感情的になる必要はないと思うのですが、

自身の怒りを押さえるコトができないから、

言葉や顔に現れてくると思うのです。

そんなコトが日常的につづけば、

「いま何時ですか?」と人に訪ねる言葉でさえ、

怒鳴って言うコトになると思うのです。

そんな人に、時間や道を教えたいでしょうか。

そして、時間を教えてもらえなかったと、

怒りの感情が再び普段の言葉に込められる。



真面目に学ぶ。真面目に働く。人に親切にする。

当たり前のように行動しているかもしれませんが、

「私は間違えていない真面目だからクレームを言うんだ!」

怒鳴っていうのではなく、真面目だというのなら、

怒りの感情を捨て、伝えるべきだと思うのです。

他人に注意するときも、

感情を剥き出しにして怒り、怒鳴るのではなく、

伝えるべきコトを、的確に伝えるべきだと思います。

「おつりが違いますよ」と伝えるのと、

「おい!釣り銭が違うじゃないか!なにやっているんだ!」

自分が言われたとき、素直に認めるコトができるのは、

前者の方だと思います。

普段から、喋り方を大切にしたいですね。

今日感じたコト
 物事が何かとうまくいかない人は、
 喋り方が影響しているのかもしれない。

喋り方(声)[No.3163]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月 3日 (水)

向かう方角[No.3162]

(日付を調整しています)

今日は節分ですね。

恵方を向いて、恵方巻きは食べましたか。



日本という国は、衣食住不自由しにくい国だと思います。

でも、ある意味では不自由しているように思う。

学校教育にしても、家庭教育にしても、

「こっちを進んだ方がいいかもしれないよ?」

と、本人に選択をゆだねるのではなく、

「こっちを進みましょう!」

半強制的だと思うのです。

スポーツ選手として、食べていく目標の人に、

静かに机に向かわせて勉強させるよりも、

運動させて鍛えた方が、よいような気もする。



僕は、時間に迫られていないときで、

目的地に向かうとき、片道30分の道のりが、

1時間、2時間になっても、別にかまわない人です。

遠回りになってでも、風景や道を知って楽しむ。

僕の目標は、目的地に向かうコトではなく、

楽しむコトが目標なんですよね。

30分かかる道のりが、25分で急いでいけたとしても、

それを楽しめていなければ、時間を節約しても、

僕は無意味に感じるのです。



僕自身が特殊なのかもしれませんが、

なにかトラブルに見回れたとき、問題がアッサリ

と解決してしまうと、僕はおもしろくないと感じる。

「せっかく、さてどうしようかな? いろいろと考えようと楽しみにしていたのに!」

問題を解決するコトよりも、僕の場合は、

問題を解決する方法を考えるコトを楽しんでいる。

そういう癖があるせいか、

僕は人に道案内をするとき、向かい方を訪ねます。

「近道がよいですか? それとも解りやすい道がよいですか?」



日本社会は、どちらかというと、

「近道をさせたがる傾向」にあると思うのです。

確かに、その道は近道かもしれないけれど、

足腰弱いお年寄りに、急な坂が多い道を近道だと

案内しているようにも感じるのです。

大げさにいうならば、

「時間が勿体ないから近い方が良いに決まっているでしょ!」

勝手に決めつけているように感じるのです。

もしかすると、現代社会人のストレスというのは、

そんな、半強制的なやりかたなのかもしれない。

「私は体力がないから多少遠回りになって時間がかかってもいいのに、会社はそれを許してくれない。きつい。疲れた。死にたい…」



ときに、周りのペースに合わせるコトも大切ですが、

あなたの人生は、あなたの人生であり、

他人に、その進み方を強制される理由はないと思います。

肌に合わないようであれば、自分に適した方法を、

改めてみるのもよいかもしれないですね。

今日感じたコト
 「この道は近道だからこちらが良いに決まっている」
 自身の進むべき道ならば良いのですが、
 それを他人に強制するのは、どうかと思います。
 ペース、目的は人それぞれ。

向かう方角[No.3162]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」

http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

2016年2月 1日 (月)

近道だけでなく、遠回りという選択も[No.3161]

(日付を調整しています)

こちらか、もうひとつのブログかは忘れましたが、

以前、階段と坂道のコトを書かせていただきました。

階段は、階段の部分は平らになっているので、

足首を坂に合わせて曲げたり、踏ん張ったりせずに、

一段一段上るコトができます。

途中休憩がしたくなり、人の邪魔にならなければ、

平らになっている階段に座って、一休みできます。



坂道は、見た目は階段よりも楽そうですが、

足首を坂に合わせて曲げ、

踏ん張って上らなければなりません。

途中休憩するにも、坂道は平らではない為、

座るコトも容易ではありません。

僕はこの階段と坂道を、人生のように感じたのです。

一歩一歩、確実に上りあげ、

途中休憩がしたくなったら休める階段と、

楽そうに見えて、実は難しく、

休憩するのが困難な坂道。



本日夜中、スーパーへ買い物ついでに、

夜の公園を散歩しに行こうとしたとき、

公園の入り口の坂道に気がつきました。

それは、傾斜のきつい階段と、

緩やかな折り返した坂道。

傾斜が緩やかな反面、

いちど向こうまで行って、戻ってくる坂道です。

おそらく、車イスや自転車を乗り入れたりする

坂道だと思われます。

それを見て、僕は感じました。

「坂道 = つらい道のりではないんだな」



近道で、急な坂道ならばきついでしょう。

でも、遠回りにはなるけれど、ゆるかな坂だってある。

・一歩一歩確実な階段な人生
・楽に見えて急な坂道の休めない人生
・遠回りにはなるけれどゆるやかな坂道人生

もちろん、他にもまだまだあると思いますが、

また、何か気がついたら、書こうと思います。

今日感じたコト
 近道ばかりを何十年も考えるよりも、
 多少遠回りになっても、数年で到着できれば、
 それでよいのではないでしょうか。

 人生の目的は、近道を探すコトではなく、
 ゴールするコトだと思います。

近道だけでなく、遠回りという選択も[No.3161]
 今日も最後までありがとうございます。

僕のもうひとつのブログ
「嬉しいコト@カラフル!」
http://ameblo.jp/moriyama-tomomi/
お暇な方は遊びに来てくださいね。(^^)

« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

プロフィール

  • 現在モデル事務所に所属
    モデルや、物書きになる為の勉強をしています。
    2ndブログはこちら
    Facebookはこちら


    永良ます子/EiraMasuko ♂
    本名/森山誠美(ともみ)
    生息地/博多(めんたいこ)
    血液型/O
    誕生日/s5035日(啓蟄)
    好きな色/白/黄/オレンジ/緑
    趣味/くぎみー
    癒し系(アロマ/ハーブティー)
    文章を書くこと/読書/断捨離
    不思議と御縁があるもの
    亀/蝶/黄色/ミッキー/3と5と8/ゾロ目/明治/水に関係ある所/天神様/梅/太宰府

    超理系だけど、超文章書いて、
    超未来にする!φ(`・ω・´)
    アナログデバイス
    ZEBRA スラリ0.5/呉竹精昇堂 美文字筆ペン/伊予和紙/土佐和紙
    デジタルデバイス
    iPhone6[au]/F-06E/VAIO S15/X200MA/VAIO L/工人舎PM/ポメラ/EP803AW
    パソコン歴
    SHARP MZという時代から使いCE→PG→SE→講師→コンサルのお仕事をしていました。現在は一応役職らしいです。
    お掃除アイテム
    クイックルワイパー ハンディ/激落ちクロス リビング/マキタ 充電式クリーナ/ペットボトルブラシ/除菌ウエッティー
    Yankee Candle
    タヒチアンティアレフラワー/ガーデンハイドアウェイ/ミッドナイトジャスミン/ガーデンスイートピー/アイランドスパ/セージシトラス/ラブズミーラブズミーノット
    南阿蘇ティーハウス
    ジャスミン/ホッと一息ティータイムブレンド/疲れた体にやさしいブレンド/幸せ黄色のハーブブレンド/店舗・季節限定ブレンド

このブログ成分

1st Twitter

2nd Twitter

無料ブログはココログ