昔の常識は通用しない[No.2958]
(長めになっています)
昔から人は、応援する生き物だと感じます。
味方を応援し、家族を応援し、自分を応援する。
だからなのか「頑張れ」と言葉をかける。
でも、昔ほど単純ではない現代では、
その言葉は適切なのだろうか?
考えてしまう。
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昔は、獲物を狩る為に、仲間を応援する。
戦に勝つために仲間を応援する。
良い就職先に入る為に学び、仲間や自分を応援する。
頑張れば、昔はなんとかなったと思う。
でも現代は、そう単純なものではない。
バイトや仕事で頑張ったからといって、
給料据え置きのまま、コキ使うブラック企業もある。
学び、大きな会社に就職できたからといって、
いつ、会社の経営危機に見回れるか分からない。
そんな状態で、他人や自分に対して、単純に
「頑張れ」と応援するのは、無責任だと思う。
頑張っても、頑張らなくてもお給料が一緒なら、
期待した分、動いた分、頑張り損で、
肉体も精神的にも疲れ、ストレスになってしまう。
そんなに、自身や相手を追い込み、
負担をかけたいのでしょうか。
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「手を抜け、楽をしろ」
そんなコトはいいません。
無意味に頑張れ!で終わらせるのではなく、
現代は「頑張りどころを把握するコト」が、
もっとも重要だと思うのです。
いくらどんなに頑張っても、
コンビニバイトでは限られている。
与えられた仕事に一生懸命に動くだけではなく、
自身で発想するコトに一生懸命に頑張らないと、
生きていけない時代だと思うのです。
率直にお伝えするなら、肉体的よりも、
頭脳的、発想的要素が求められる時代。
極端な例えかもしれませんが、
むかし苦労してスコップで掘っていた穴も、
現代は、重機でキレイに短時間で掘れます。
人間が必要だった工場の流れ作業も、
現在は、フルオートメーション化されていたりします。
切符を切るコトすら、自動改札です。
まだ、全部が全部とはいきませんが、
体を使う仕事が、どんどん機械化されているのは事実。
切符を切るコトに一生懸命だった人、
そろばんを弾くコトに一生懸命だった人。
現在は、生きるコトは難しい。
「頑張ればなんとかなる」
現代は、そう単純な世の中ではありません。
「なにをどう頑張ればよいのか」
時間やエネルギーの使い方を、よく考えるところから、
頑張ってみるコトが大切だと思います。
今日の心得
単純な作業なら機械でもできる。
人間しかできない作業。
あなたにしかできないコト。
そこが、頑張りどころではないでしょうか。
人間らしさを失わない為にも。
昔の常識は通用しない[No.2958]
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